INTERVIEW関係者の想い

2018年2月

日本・タイ連携 ~デザインと機能性で未来のシルク産業を創造~

タイ・シルク産業の歴史と現状

 2014年時点でのタイ王国内での生糸(シルク)生産量は、約670トン。中国やインドなどの大規模産地と比べると量は少ないのですが、古くからタイは養蚕が盛んです。
 最近では、ロイヤルプロジェクト(タイ王室による蚕業支援)や、生糸の価格上昇により、養蚕農家は増加傾向にあります。特に山間部を中心とした地域で盛んで、貴重な収入源にもなっており、タイ人の暮らしと養蚕は密接に関わり合っています。
 年間生産量のうち、約8割は国内で消費され、タイの正装としてジャケットやスカート用の生地として用いられる他、ジムトンプソン等の高級ブランド、海外からの旅行客向けのスカーフやアクセサリーに用いられています。
 世界全体ではシルク生産量が減っていて、タイではそれを好機と捉え、養蚕農家を増やす取組みも進めています。具体的には、貧困農家等の養蚕進出を支援するための自治体内とシルク産業関連企業による仕組みづくりや、デザイン開発、販路開拓の支援などが行われています。
 さらに最近では、ベトナムやカンボジア、ミャンマーなどでも養蚕に着手する動きが広まっており、先行するタイはこうした国へのアドバイスや技術提供等も行っており、養蚕業はASEAN全域で活性化している産業の1つです。

タイ・シルク産業の課題

 しかし近年、中国やブラジルで様々な研究によりシルク生産技術が高度化している中で、タイは収益性・品質面で競合国に後塵を拝している状況です。元々温暖な気候であるタイでは、冷涼な地域のカイコと比べて、柔らかく、密度の低い繭を吐く傾向にあります。このため、高級な絹織物に用いる場合に、糸が切れやすくなるなどの品質的問題が発生します。
 また、新しい技術開発や施設整備の取組みも遅れていたため、伝統産業の域をなかなか脱することができずに国内向け消費やお土産品程度の扱いにとどまり、高付加価値による海外進出などで、より多くの利益を獲得できる状況にはありません。

THTIのメンバーと、タイ独自の風合いを活かしたシルクで作ったストール@THTIオフィス

未来のタイ・シルク産業~伝統に根ざした新たなものづくりと世界市場への挑戦~

こうした課題と現状を打破すべく、タイでも新たなシルク産業づくりの取組みが始まっています。その1つは、タイ独自の絹糸の良さを活かしたものづくりです。
 タイ・シルクの最大の特徴は、絹糸に節があることで醸し出す天然本来の風合いが、タイ独自の絹糸の良さであり、現在はそれを活かしたものづくりに取り組んでいます。
 具体的には、タイ独自のデザインに加えて、イタリアのコンサルタントと共同で欧米向けの生地開発が進められており、毎年2回、各シーズンのテーマを決めてテキスタイルを開発しています。その生地は、プルミエール・ビジョン(パリで開催される世界最大の生地見本市)で展示、世界のバイヤーに向けて提案しています。
 実際に、この展示会を通じて世界のファッションブランドと商談が成立するなど、タイシルク産業の海外進出ルートの1つになっています。

新たな付加価値づくりと日本(山鹿)の新シルク蚕業構想との連携の可能性

このように新たなシルク産業が軌道に乗りつつあるタイですが、残された課題もあります。それは、世界中の高級ブランド用の生地として採用されるためには、節がなく、滑らか、かつ頑丈で、織物に用いることに全く問題がないという、生糸本来の品質向上が求められていることです。
 この点では、ブラジルや中国に及ばず、気候等の環境の問題などもあるため、抜本的な技術革新に取組む必要があると考えています。
 現在タイで研究開発しているのは、生糸にポリエステル等の合成繊維を混ぜて、洗濯可能な“イージーケアシルク”を生産することです。THTIは、糸加工や生地加工に関する様々な技術を蓄積していて、現在も継続的に研究を行うことで、そのノウハウがシルクの分野でも生きるのではないかと期待しています。
 その一方、新たなシルク産業を創出するという前人未到の領域において、タイ一国だけでは非常に厳しいものがあると考えています。
 このような中で、今回、伊藤忠グループを通じて、山鹿市で行われている『SILK on VALLEY 新シルク蚕業構想』の話を聞き、大変興奮しました。
 まだ世界のどこにもないシステムで、安定的に高品質な繭を生産する大規模なプロジェクトが、日本で始まっていることは、世界的なインパクトがあります。なぜなら、つい半世紀前までシルク大国だった日本からは、遺伝子組換えカイコなどの新しい分野での取組みが発信されており、世界中の国が注目していたからです。世界が日本に期待しているのです。
 我々も日本とともに、“イージーケアシルク”という新たな付加価値を持った絹糸づくりに取組みたい、タイと日本が協力すれば新しいものができるのではないかと期待しています。
 日本にとってもタイにとっても、明るい未来につながる取組みです。引き続き日本・山鹿の新シルク蚕業構想に注目していきます。

プルミエール・ビジョンでの展示の様子と、案内をしてくれたチャンチャイ氏