INTERVIEW関係者の想い

2017年1月

産業革命ならぬ「蚕業革命」が起きることを、大いに期待しています

インフラが残っているうちに養蚕業を新しい産業へ

 私が研究の道に入ったのは、昆虫の色や形、模様の不思議さを探究したいと思ったからなのですが、そのような昆虫好きにとってみれば、カイコは野生の昆虫とは異なる存在でした。
人に飼いならされてきた家畜だからです。しかし研究してみると、奥が深い。基礎から応用までさまざまなことができる“すごい生き物”だと、カイコへの認識を新たにしました。
 何よりカイコは「モノ」が作れます。これはほかの生き物にはあまり見られない、カイコのアドバンテージです。かつ、大量に飼育できる。遺伝子組み換えによって活用の幅を広げられるバックグラウンドが、蚕にはあるわけです。

 これまで「遺伝子組み換えカイコ」によって、クモの糸の強さを取り入れた「クモ糸シルク」や暗闇で光る「蛍光シルク」といった、新しい特性を備えたシルクを誕生させています。
これらは従来の養蚕業に連なる繊維分野のモノです。
ただし、日本の養蚕業は壊滅寸前で、1929年には約221万軒あった養蚕農家が、2015年は368軒という現況です。このまま日本固有の養蚕技術を衰退させるのは、非常にもったいない。
 インフラが残っているうちになんとか新しい産業へ変えられないかと、遺伝子組み換えカイコの技術をそのブレイクスルーにする模索も行っています。

やまがシルク・セミナー2016にてわかりやすく自身の研究とカイコの可能性について発表を行う瀬筒氏。

遺伝子組み換えカイコをめぐる環境は、この数年で大きく変化

 一方、医療の分野におけるポテンシャルも大きいものです。
例えば、医薬品を遺伝子組み換えカイコに作らせる。
薬効を高め、国内での安価な生産を実現することで、医療費の増大や医薬品の輸入超過といった問題の改善に寄与できる可能性があります。
カイコのバイオセンサーに着目したアプローチでは、高感度の嗅覚でメスのフェロモンを感じ取るオスの受容体に、ガンなどの病気やカビの匂いの受容体を組み入れて、健康や環境の管理に役立てる研究が進められています。
宇宙関係のプロジェクトでは、例えば火星に行く際に蚕を飼えば、糸も薬もできる上にタンパク源として食糧にもなります。ほかには、マウスなどの代わりにカイコを実験動物に使おうという動きも出てきています。

 すぐに実現可能なところでは、もともと優れた化粧品材料であるシルクに、遺伝子組み換えによってより効果のある成分を加える技術です。
また手術用の糸にも使われるシルクは人間の体と馴染みがよく、組織と同化しやすい性質ですので、再生医療の材料となるモノを作成することも遠からず実現すると考えられます。
 ほかにも、高齢者がカイコを育てることで手先を使う効果、ペットとしての癒し効果も挙げられるなど、カイコには多くの活用方法があります。

 これだけ人間に役立つ生き物であるのは、やはり5000年におよぶ人とカイコの歴史があるからでしょう。
歴史の再現や真似はできませんが、新しい技術が長い歴史と合わさることで、シルクの可能性の幅が格段に広がるのだと思います。

「少年の頃から昆虫少年」と笑う瀬筒氏は、天空桑園での視察時も、桑の葉の柔らかさを早速チェックしたり、虫が集まるフェロモンを鞄から取り出して熱心に周囲の様子をうかがう姿を披露。

 遺伝子組み換えカイコをめぐる環境は、この数年で大きく変わりました。 特に蛍光シルクの発表で社会的な注目を集め、2015年には現代美術家のスプツニ子!さんとコラボレーション(『Tranceflora – エイミの光るシルク』展)も行いました。
企業からのお問い合わせも増えました。
今後は医師や薬学者、製薬企業、工業系企業、また糸の業者など、異業種の方々との協働が望まれます。

 図らずもそんな時代に、あつまる山鹿シルクの新プロジェクト「シルク・オン・ヴァレー」が始動しました。 この挑戦によって山鹿の地に人が集まり、新しいシステムを築く人たちが活躍し、産業革命ならぬ「蚕業革命」が起きることを、大いに期待しています。