INTERVIEW関係者の想い

2018年7月

シルクをテーマにしたアートに、シルクビジネスの新たな未来を見る

山鹿NSP工場の想像を超える規模に驚いた。
遺伝子組換など、シルクのバイオ産業化の実現への寄与を期待

 今回、山鹿市へ実際に足を運び養蚕工場を見学してみて、まずはその大きさに驚きました。想像を超えて大きかったという印象を持っています。
 あと、2016年に発表した『運命の赤い糸をつむぐ蚕-タマキの恋』というショートムービー制作では、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下農研機構)の研究チームとの取組の中で、恋愛ホルモンとも言われるオキシトシンをつくる遺伝子を組み込み、赤色蛍光タンパク質を含んだ『運命の赤い糸をはく蚕』という新種を開発しました。
 これを是非、新しい素材として大量生産や商品化を考えていきたい。そう思っていた折に、遺伝子組換えカイコも大量飼育可能な養蚕工場が完成したとお聞きし、今後の㈱あつまるホールディングス「NSP山鹿工場」の展開にも、たいへん期待しています。

 今、世界中でアートの文脈に限らず、ITやその他の様々な産業において、バイオスタートアップへの注目度が高まっていますので、今回のような無菌環境下で周年を通した工場養蚕や遺伝子組換えカイコについても、新たなバイオ産業として注目を集めるものだと思います。また、新しい機能を持った工場ができるのは、何か新しいことを実現するためのプラットフォームが完成したような気持ちにさせてくれるので、とてもワクワクします。

 シルクの研究開発については、農研機構の取組みの中、色々と情報に触れました。例えば人間の皮膚とシルク由来のタンパク成分の親和性が高いということで、医療用途への活用も考えられるなど、シルクの多用途性には注目してますし、この工場から様々な製品素材や、商品そのものが生まれるとしたら、社会的にももっとシルクの魅力に気づくのではと期待しています。

 もちろん、シルクで作品作りをするきっかけとなった端緒は、ファッションであったので、従来の繊維用途での有用性にも期待してますし、例えば粉末シルクを使った3Dプリンターで、アパレル製品を開発するなど、想像したらキリがないくらいアイディアが浮かんできますね。

4月に竣工した周年無菌養蚕工場で、(株)あつまる山鹿シルクの社長達と

アート作品作りと様々な偶然とが、カイコやシルクに情熱を傾ける人々との関係をつむいでくれた

 2014年の夏に、イタリアにあるグッチ本社に招待されて、それがきっかけでグッチジャパンから2015年春に日本で展覧会をしないかという打診を受けました。
 何をテーマに作品づくりをしようか考えていたところ、遺伝子組換えの光るシルクのニュース記事を思い出しました。それがシルクを活用して作品作りを行うきっかけになりました。

 さらに打診を受ける前から、京都・西陣織の細尾(株式会社細尾)さんとの作品作りをご一緒したいと思っており、西陣織にとってシルクは非常に馴染み深い素材で、長い歴史もあるので、今回の作品作りにピッタリのパートナーだと思い、オファーし一緒に取り組んでいただけることになりました。

 試みとしては、中世から現代までの長い歴史の中、西陣織が革新を遂げて成長してきた過程において、最先端のバイオ科学から生まれた「遺伝子組換えシルク」と出会った。その最先端のシルクを織り混ぜて、全く新しいイノベーションを起こしたいと思い、靴職人の串野 真也さんにも加わっていただき、作品作りが進んでいくことになりました。

 まず、日本にある農研機構が遺伝子組み換えによる光るシルクの研究開発をしているので、コンタクトを取ってみました。しかし、ファーストコンタクトでは一旦断られました。でも諦めきれず、再度連絡したら、会ってお話しましょうということになり、テーマも含めてじっくりと話す事ができて、結果的に作品作りに協力していただけることになったのです。

 その作品作りは、4ヶ月という非常に短い時間で急ピッチに進行しました。限られた時間の中でハラハラの連続でしたが、良い作品作りができたと思います。
また、4か月間の濃密な時間の中で、シルクや農研機構との研究開発の日々を通じて、さらにシルクへの興味が高まり、同時に農研機構の先生方とも、もっと新しいことに挑戦しようという空気感になり、それが、前述した「運命の赤い糸プロジェクト」へと繋がりました。このプロジェクトの展覧会には、3週間で1万人以上の来場者があり大盛況でした。
 それにとどまらず、自分を含めて、農研機構におかれても今までとは全く違ったジャンルの人達とのネットワークが生まれ、お互いにとって非常に良い取り組みにすることができたと思っています。

天空桑園の説明

アートづくりがビジネス作りになる『うっかりベンチャー』。シルクでも起こるかも!

 今回、シルクを活用したアート作品づくりを行ったのですが、アート作品づくりが結果的に新たなビジネスづくりになることがあると感じることがあります。それを自分では、『うっかりベンチャー』と呼んでいます。
 アートのような市場を意識していない、完全にコンセプトとテーマありきで動き始めた作品作りでは、最初お金儲けは、全くと言っていいほど考えていないことが多いんです。にも関わらず、MITで作品について発表したところ、そこに使われている画期的だったり、特異だったりする素材や活用方法が注目を集め、『それは特許を取ったのか?』と某国のビジネスマンから質問を受けて、ビジネスを持ちかけられたこともあった(笑)

 オキシトシン入りのシルクだって、直接的な恋愛効果があるわけではないけれど、恋のおまじないのようなドレスを作ったり、赤い糸を恋のお守りとして商品化することだって考えられる。そう考えていくと、アートが出発点になっていても、ビジネスになる可能性が最初から秘められていて『うっかり』そこからベンチャーが生まれるということもあると思う。それがうっかりベンチャー。

 シルクを使ったアート作品づくりでは、多くの人に遺伝子組換えシルクの魅力を見てもらうことができましたし、農研機構を始め研究者やクリエイターの方々など、これまでなかなか交わらなかった人々の繋がりも生まれている。
 そこから時には、新たなビジネスの発見にもつながるだろうし、さらにシルクのように多種多様な研究用途がある素材ならば、大きな可能性も広がるし、またそうした何気ない取組みから、夢や希望も生まれると思うのです。
 今後、シルクの新たな未来が、アートをきっかけとして切り拓かれていくと期待しています。

山鹿市内を視察